タイヤはワインと似ている

…と言われても解かる人は居ないだろう。 私の勝手な理解であるのだから。

私はかつてレーシングメカニックと呼ばれる仕事をしていました。
日本のフォーミュラカーのトップカテゴリーがF-2という呼称だった時代、エンジン屋として鈴鹿やら
富士スピードウェイで開催されるレースに帯同して12000rpm回るエンジンの管理をやっていた。
e0133566_23452948.jpg
ここは鈴鹿サーキット。 中央やや右寄り、白キャップでエンジンに屈み込んでいるのが若かりし私。
時代は既にF3000に移ろい、G・リース選手のマールボロ・ローラを担当していた頃。

さて、タイヤの話しに戻しましょう。
上の写真でタイヤは4輪ともモコっとした布に包まれているのが写っていますね。
これはタイヤウォーマーといい、簡単に言うとタイヤ専用電気毛布です。
走行の何十分も前からこいつに大電流を流し、タイヤを素手では持てないくらいの高温にまで温めてからドライバーに乗せるのです。
何故そんな手間の掛かる事をやるのか? それはタイヤには作動温度というのがあり、レーシング
タイヤの場合それが80℃以上にもなるからです。
皆さんが知っておられる街乗りタイヤでも、走行すればゴムは変形し、変形すれば発熱します。
しかしそれを意識する事はまず無いでしょう。
レーシングタイヤは強大なグリップ力(路面を掴む力)を得るために表面を溶かし、その粘着力によって路面にへばり付いて走っています。
ゴムを溶かす為に常温でも消しゴム並みに柔らかいタイヤを履かせ、タイヤウォーマーで温めてからコースインし、ドライバーはそれを冷やさないよう激しく変形させて温度を保つのです。
乗用車の1/3近く軽い車重に大パワー、何倍にもなる接地面積のタイヤですから、作動温度より冷えると氷の上を走るのと同じなんです。 物凄く簡単にスピンします。
しかし上にも限度があり、高温になり過ぎると逆にグリップは落ち、更には表面が泡だったり剥がれたりと様々なトラブルが起きてレースを失ってしまいます。

ここでタイヤ温度がレーシングカーの走行に及ぼす影響力を示すエピソードを一つ。

e0133566_8573856.jpgステファン・ヨハンソン選手。
非常に攻撃的なドライビングスタイルを持ち、後にF-1まで登り詰めフェラーリのNo.2にまでなった天才ドライバー。
私が関わったドライバーの中では才能ピカイチ。
当時ヨコハマタイヤのエースとして国内F-2シリーズに鳴り物入りで参入して衝撃的であった。
当時ヨコハマタイヤからは高橋国光、高橋健二、和田孝夫 各ドライバーが参戦しヨコハマ三羽烏と呼ばれていた。
そこにヨハンソンが加入した年のとあるタイヤテスト日、鈴鹿サーキットは雨に祟られてウェットタイヤのテストにしかならないコンディションだった。
数周の走行を繰り返しピットインしてはタイヤ温度などのデータ収集を行うのだが、三羽烏のタイヤはサッパリ発熱せず傍目にも全くグリップしていない。
しかしヨハンソン車だけはピットインの度にモウモウと湯気を上げて明らかに三羽烏とは違う状況。
当然周回タイムも天と地の差があり全く勝負になっていない。
スピードが足りないとタイヤは変形できず温度は上がらない、上がらないとグリップ皆無でスピードを上げられない、スピードが足りないと… という最低の無限ループだ。
あれはタイヤエンジニアも困ったと思う。
ヨハンソンに合わせると三羽烏は氷の上でタイトロープ。
三羽烏に合わせるとヨハンソンはアッ!という間にタイヤを壊してしまう。
双方が満足するタイヤなど造れる筈も無く、2種類の全然違うタイヤを用意せざるを得ない。

国内トップドライバーでも世界レベルの天才の前ではこの有り様。
タイヤの作動温度とはかくもセンシティブで融通のきかないものなのだ。


さて、ここからが本題。(ヲイヲイw)
当時、某タイヤメーカーのエンジニアから聞いて非常に強く印象に残った話。

当時も今もタイヤのゴムには様々な化学物質を配合し、高性能を実現しようと研究を重ねている。
しかし、根本を成す天然ゴムの優劣の差は如何とも埋め難いのだ と。
その品質の差はゴムの産地、もっと言えばゴム農園のドコソコで決まり、他では代え難いのだ と。
そう言うのだ。

そして世界で一番良い農園はフランスのミシュランタイヤが押さえており、結果としてミシュランと真っ向勝負して勝てるメーカーは世界の何処にも無い のだそうである。
想像だが、植民地時代にブン盗った領地が当たりだっただけ ではないかと思っている。

どうだろう。 この構図はワイン業界の事情と極めて似通っていないだろうか。
生産者の意識が如何に高くても、設備にどう投資しても、畑の優劣を覆すのは容易ではない。
同レベルの生産者同士では畑の差は絶対に埋まらない。

年間何千億円という金が動き、世界中から選りすぐられた天才ドライバー20数人が凌ぎを削り、最先端の工業技術の粋を集めて競われるF-1サーカスにしたところで、4本の黒くて丸いタイヤが無ければ1mmたりとも動けない。
そんなタイヤは上記のような大航海時代的な物語りの中で動いているのだ。

このような訳で、タイヤメーカー同士の真っ向勝負は不毛な結末となる という学習が進んだ結果、ここ20年ばかりの自動車レースでは種目ごとにメーカーが棲み分ける傾向が強くなった。

技術屋としては何となくムズ痒い流れであるが、現実はそんな世界なのだ。

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by stonemute | 2014-05-06 00:25 | モータースポーツ


そして さらに遥か遠く、まだ見ぬシャングリラへ。


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